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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)6911号 判決 1980年5月02日

原告 市丸一郎

右訴訟代理人弁護士 池谷利雄

被告 横浜ゴム株式会社

右代表者代表取締役 玉木泰男

右訴訟代理人弁護士 美村貞夫

同 高橋民二郎

同 土橋頼光

被告補助参加人 濱島尚明

右訴訟代理人弁護士 市来八郎

同 清水順子

主文

一  被告は、原告に対し、金三三三万七九五〇円と、これに対する昭和五四年八月一日から支払ずみまで、年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一、二項と同旨。

2  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告会社は、タイヤの製造販売等を目的とする会社であり、訴外日新産業株式会社(以下「訴外会社」という。)は、タイヤ修理等を目的とする会社である。

2  訴外会社は、被告会社から、タイヤ走行試験を請負い、昭和五三年八月一日から同月三一日までの間、代金六四六万五八五五円相当のタイヤ走行試験を行った。

3  訴外会社は、同年九月一四日、原告に対し、右タイヤテスト代金債権のうち五六六万六一四五円を譲渡し、同日、被告会社に対し内容証明郵便でその旨の通知を発し、これは、翌一五日、被告会社に到達した。

4  右債権譲渡契約のうち二三二万八一九五円分については、原・被告が同年一一月六日これを合意解除した。

5  よって、原告は被告に対し、右タイヤテスト代金三三三万七九五〇円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五四年八月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は認める。

三  抗弁

1  (二重譲渡)

訴外会社は、訴外共栄物産株式会社(以下「共栄物産」という。)に対し、訴外会社が被告会社に対して有する債権六四〇万円を譲渡し、昭和五三年九月一二日、被告会社に対し内容証明郵便でその旨の通知を発し、これは、翌一三日に到達した。

2  (民法四九四条後段に基づく供託)

(一) 被告会社は、昭和五四年二月二八日当時、次のような理由により、過失なくして、本件タイヤテスト代金債権の真実の債権者が誰であるかを確知することができなかった。

(1) 本件タイヤテスト代金債権には、次のとおり、多数の債権譲渡、仮差押命令、差押命令、取立命令及び転付命令が存在した。

(イ) 訴外会社は、被告会社に対し、昭和五三年九月一三日到達の書面で、被告会社に対する同年八月三一日までの売掛債権金六四〇万円を共栄物産に譲渡した旨通知した。

(ロ) 訴外会社は、被告会社に対し、昭和五三年九月一五日到達の書面で、被告会社に対する同月二〇日支払日の売掛債権金六四六万五八五五円のうち、金五六六万六一四五円を原告に譲渡した旨通知した。

(ハ) 訴外会社の被告会社に対する昭和五三年九月一六日現在のタイヤテスト料等債権金六九七万三九二〇円のうち、金三五〇万円について、訴外近江陸運株式会社の申請により仮差押命令が発せられこれは同日、被告会社に送達された。

(ニ) 訴外会社の被告会社に対する昭和五三年九月一六日現在のタイヤテスト料等債権のうち三四七万三九二〇円について、訴外株式会社坂口運送の申請により仮差押命令が発せられ、これは、同日、被告会社に送達された。

(ホ) 訴外会社の被告会社に対する昭和五三年八月一日から同月三一日までのタイヤテスト等代金のうち三一万六一二三円について、平塚社会保険事務所により差押命令が発せられ、これは同年九月二五日、被告会社に送達された。

(ヘ) 前項の代金のうち二七万八四四四円について、平塚社会保険事務所により差押命令が発せられ、これは、昭和五三年一〇月五日、被告会社に送達された。

(ト) 訴外会社と共栄物産とは、被告会社に対し、昭和五三年一一月二日到達の書面で、前記(イ)の債権譲渡が無効である旨通知した。

(チ) 訴外会社と原告とは、被告会社に対し、昭和五三年一一月一〇日到達の書面で、前記(ロ)の債権譲渡のうち二三二万八一九五円について解除した旨通知した。

(リ) 訴外会社の被告会社に対する昭和五三年八月一日から同月三一日までのロードテスト料等代金六八四万四九二〇円のうち七八万〇〇四九円余について、平塚税務署により差押命令が発せられ、これは、昭和五四年一月一九日、被告会社に送達された。

(ヌ) 訴外会社の被告会社に対する昭和五三年八月一日から同年九月五日までのタイヤテスト代金七五〇万円のうち六〇一万六七七〇円について、訴外大洋石油株式会社の申請により仮差押命令が発せられ、これは、昭和五四年一月二七日、被告会社に送達された。

(ル) 訴外会社の被告会社に対する昭和五三年八月分及び同年九月分の売掛債権三一五万〇六六五円について、被告補助参加人の申請により差押転付命令が発せられ、これは、昭和五四年二月三日、被告会社に送達された。

(ヲ) 前記(ヌ)の債権について、訴外大洋石油株式会社の申請により差押取立命令が発せられ、これは、昭和五四年四月一八日、被告会社に送達された。

(ワ) 訴外会社の被告会社に対するタイヤテスト料等売掛金七九九万五四八九円について、訴外近江陸運株式会社の申請により差押取立命令が発せられ、これは、昭和五四年四月二〇日、被告会社に送達された。

(2) 特に、前項(イ)の債権譲渡については、前項(ト)のとおり無効である旨の通知があった。

しかし、如何なる理由により無効なのか明確でないため、右債権譲渡が本来的に無効であるか、取消又は解除の趣旨か、その効果は遡及するのか、将来的に生じるのか、第三者に対抗できるのか否か、全く不明であった。

(3) 前記(1)(ロ)の債権譲渡通知書には、「日新産業の被告に対する売掛債権のうち、昭和五三年九月二〇日支払日となっている金六、四六五、八五五円のうちから、金五、六六六、一四五円の分を原告に譲渡した」と記載されていた。

しかし、被告会社は、訴外会社に対して、「昭和五三年九月二〇日支払日となっている金六、四六五、八五五円」の債務は負担していなかった。すなわち、被告会社は、訴外会社に対して、昭和五三年八月一日から同月三〇日までの間に、タイヤテスト代金の外買掛金債務合計六八七万〇九二〇円を、翌月末に支払期日五か月後の約束手形で支払う約定で、負担していた。

右のとおり、訴外会社の債権譲渡通知は、支払日と金額とが相違していたのであるから、訴外会社の原告に対する債権譲渡が有効か無効か、不明であった。

(二) 被告会社は、昭和五四年二月二八日、訴外会社に対して負担した昭和五三年八月一日から同月三〇日までのタイヤテスト代金の外買掛金債務合計六八七万〇九二〇円を、債権者を確知することができないとして東京法務局に弁済供託した。

3  (民事訴訟法六二一条に基づく供託)

被告会社が訴外会社に対して負担した債務については、前記2(一)(1)に記載のとおり仮差押命令、差押命令、取立命令及び転付命令が競合していたから、前記2(二)の供託は、民事訴訟法六二一条に基づき、有効である。

四  抗弁に対する認否及び主張

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2(一)冒頭の事実は否認し、同2(一)(1)(ロ)及び(チ)の事実は認める。

同2(一)(2)及び(3)は争う。

同2(二)の事実は認める。

3(一)  債権譲渡の通知が確定日附ある証書でなされたときは、その後差押命令、仮差押命令、転付命令などが競合しても、債権譲渡を受けた者が真の債権者であることは明らかで、債権者を確知することができない場合に該当しない。

(二) 抗弁2(一)(2)及び(3)の事実は、供託書の供託原因事実として記載されていなかったから、供託原因として主張することはできない。

(三) (抗弁2(一)(2)について)

訴外会社と共栄物産との間の債権譲渡が無効である旨の通知書は、譲渡人である訴外会社と譲受人である共栄物産とが共同で作成した確定日附ある書面であるから、それ以上に無効理由をせんさくする必要はない。

(四) (抗弁2(一)(3)について)

訴外会社の被告会社に対するタイヤテスト料等の債権は、毎月一日から月末までの分を、翌月二〇日に、支払期日五か月後の約束手形で支払われていた。したがって、譲渡通知書に九月二〇日支払分との記載があれば、八月一日から同月三一日までの間に発生した債権であることは容易に認識できるし、被告会社は現にこれを認識できたのであって、債権の特定に欠けるところはない。

4  抗弁3は争う。

五  再抗弁(抗弁1に対し)

1  訴外会社は、被告会社に対し、昭和五三年九月一九日ごろ到達の書面で、債権譲渡の通知を撤回する旨通知した。

2  訴外会社と共栄物産とは、昭和五三年一〇月三一日ごろ、訴外会社が被告会社に対して有する債権を共栄物産に譲渡する旨の契約を合意解除した。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1について

訴外会社から、共栄物産への債権譲渡が無効である旨記載された書面が到達したことは認める。

2  再抗弁2について

昭和五三年一一月二日到達の書面で、訴外会社と共栄物産との間の債権譲渡が無効であることを確認する旨の通知があったことは認める。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

二  (抗弁1について)

乙第四号証の一には、訴外会社が、被告会社に対して有する債権六四〇万円を、共栄物産に譲渡する旨の記載があり、《証拠省略》によれば、乙第四号証の一の通知書が被告に送達された、との事実が認められる。しかし、《証拠省略》に照せば、乙第四号証の一の存在及び右通知書が送達された事実から、共栄物産に対し債権譲渡があったと推認することはできず、他に右主張を認めるに足る証拠はない。

したがって、抗弁1は理由がない。

三  (抗弁2について)

1  《証拠省略》によれば、抗弁2(一)(1)(イ)、(ハ)ないし(ト)、(リ)ないし(ワ)の事実が認められ、抗弁2(一)(1)(ロ)及び(チ)の事実は当事者間に争いがない。

2  ところで、被告は、多数の債権譲渡、仮差押命令、差押命令、取立命令及び転付命令が存在するから、過失なくして真実の債権者が誰であるかを確知することができなかった、と主張する。

しかしながら、ある債権譲受人が確定日附ある証書による債権譲渡通知を備えた場合に、当該譲受人が債権者か否か過失なくして確知することができないと認められるためには、当該債権譲渡後に債権譲渡、仮差押命令、差押命令、取立命令ないし転付命令が存在するだけでは足らず、当該債権譲渡自体有効か否か疑わせる事情の存在が必要と解するのが相当である。けだし、多数の債権譲渡、仮差押命令、差押命令、取立命令及び転付命令が存在することのみをもって、当該債権譲受人が債権者か否かを過失なくして確定することができないと認めることは、民法が確定日附ある証書をもってする債権譲渡の通知に第三者に対抗する効力を認めた趣旨を失わせることになるからである。換言すれば、債権譲受人が確定日附ある証書による債権譲渡通知を備えながら、その後、他の債権譲渡通知があった、あるいは、差押転付命令等があったことのみをもって、有効に供託しうることを認めると、債権譲受人が第三者に対抗しうる確定日附ある証書をもって譲渡通知をなした意味を失わせ、債権譲受人の法的地位を著しく不利益に取り扱うことになるからである。

したがって、前記1で認定した仮差押命令、差押命令、取立命令及び転付命令が存在することのみをもって、過失なくして真実の債権者が誰であるかを確知することができないとする被告の主張は、理由がない。

2  次に、被告は、訴外会社は、原告への債権譲渡に先立ち、被告会社に対する債権を共栄物産に譲渡した旨通知し、その後、共栄物産への債権譲渡が無効である旨の通知を発したが、右譲渡の無効である理由が明確でなかったから、真実の債権者が誰であるかを確知することができなかった、と主張する。

しかしながら、共栄物産に対する債権譲渡の無効原因が、被告主張のように、本来的に無効か、取消又は解除の趣旨か、その効果が遡及するのか、将来的に生じるのか、あるいは、第三者に対抗できるのか否か、明確でなければ、真実の債権者が誰であるかを確知することができなかったと解すべき理由は全くない。ただ、共栄物産への債権譲渡が無効である旨の通知が真実か否か疑わしいため、共栄物産に対する債権譲渡と原告に対する債権譲渡とのいずれが優先するか明らかでなく、その結果、真実の債権者が確知できなかったと解する余地はある。しかし、共栄物産に対する債権譲渡が無効であるとの通知が真実か否か疑わしかったとの事情を認めるに足る証拠はなく、かえって、成立に争いのない甲第一号証によれば、被告会社は、供託通知書に、共栄物産に対する債権譲渡の通知があったことを記載しなかったとの事実が認められるから、被告会社は、訴外会社から共栄物産への債権譲渡がその効力を生じなかったことを知っていた、少なくともそう信じていた、と窺われる。

3  更に、被告は、訴外会社の原告に債権を譲渡した旨の通知は、支払日と金額とが相違していたから、訴外会社の原告に対する債権譲渡が有効か無効か不明である旨主張する。

ところで、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  訴外会社は、昭和四三年、被告会社のタイヤ走行試験(いわゆるロードテスト)を請負う目的で設立され、以後、継続的に、被告会社からタイヤ走行試験を請負ってきた(なお、訴外会社は、被告会社から、タイヤ走行試験以外に、車両整備及びベルト加工を若干量請負っている。)。

(二)  右タイヤ走行試験の代金は、毎月末日締めで、翌月二〇日に、当初は現金と手形で、昭和四九年ごろからは、全額一六〇日期日の手形で支払われていた。

(三)  昭和五三年九月一四日現在、訴外会社は、被告会社に対し、同年八月一日から同月三一日までのタイヤ走行試験代金債権六四六万五八五五円と、同年九月一日から同月一二日までのタイヤ走行試験代金債権一〇一万四八三九円とを有するほか、同年八月一日から同月三一日までのベルト加工代金等の債権四〇万五〇六五円を有していた(なお、ベルト加工代金等の支払日は、毎月二〇日ではなかった。)。

(四)  訴外会社は、被告会社に対し、「当社の貴社に対するロードテスト料、車輛整備料等の売掛債権のうち、昭和五三年九月二〇日が支払日となっている金六四六万五八五五円のうちから、金五六六万六一四五円の分を、当社従業員の労働債権弁済のために、労働者の代表者である左記の者に譲渡いたしましたのでご通知申しあげます。」と記載した債権譲渡通知書を郵送した。

(五)  被告会社は、昭和五四年二月二八日、「訴外会社に対して昭和五四年二月二八日支払うべきタイヤテスト料等債務金六、八七〇、九二〇円の債務を負っている」と供託通知書に記載し、金六八七万〇九二〇円を供託している。しかし、右供託通知書には、原告へ債権を譲渡した旨の通知書に記載された支払日と金額とが真実の支払日及び金額と一致していないから、債権譲渡が有効か無効か不明である旨の記載はない。

証人小山秀彦は、被告会社では、原則として、毎月初めから月末までを締めて、翌月の月末ないし二五日に債務の支払をしている旨証言しているが、右証言は、具体的な被告会社と訴外会社との間のタイヤ走行試験代金の支払について述べたものではなく、被告会社の一般的な取り扱いを述べたものと認められるから、右証言部分をもって前記認定を直ちに覆すことはできず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定事実によれば、債権譲渡通知書の記載は、債権の表示が若干不正確と認められる余地はあるが、支払日と金額とが相違していたとの事実は認められず、債権の特定に欠けるところはないから、原告に対する債権譲渡が有効か無効か不明であったとは認められない(少なくとも、被告会社が、原告に対する債権譲渡が有効か否か明らかでないと判断せざるをえないほど、債権の特定ができていないとは認められないから、債権者を確知できないとした被告会社の判断に過失がなかったとは、到底認めえない。)。

したがって、支払日と金額とが相違していたから、原告に対する債権譲渡が有効か無効か不明であった旨の被告の主張は、理由がない。

4  他に、被告会社は、過失なくして、本件タイヤテスト代金債権の真実の債権者が誰であるかを確知することができなかったとの事実を認めるに足る証拠はない。

四  (抗弁3について)

民事訴訟法六二一条一項の規定は、配当要求の送達を受けた第三債務者に債務額を供託する権利を認めたものであり、差押(ないし仮差押)の競合した場合及び差押の競合があるか否かの判断が困難な場合にも類推適用されるが、債権譲渡の場合に右規定を類推適用する根拠を見出すことは困難である。

したがって、債権の譲受人である原告に対して、同条項に基づき有効な供託をなした旨の被告の主張は、理由がない。

五  (結論)

以上の事実によれば、原告が譲り受けた債権五六六万六一四五円のうち、合意解除を自認する二三二万八一九五円分を控除した残金三三三万七九五〇円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが訴訟上明らかな昭和五四年八月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は、理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林正明)

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